かぐわしきアンマン

ヨルダン王国の首都「Amman(アンマン)」、初めてその名を聞いた時に、頭の中で餡のたっぷり詰まった白い饅頭が湯気を立てたのは私だけではないはずです。このおいしそうな地名は、古代エジプトとその周辺で崇拝された太陽神「Amen(アメン)」(ギリシャ・ローマ名は「Ammon(アンモン)」)の名に由来します(異説もあります)。黄金のマスクで有名な古代エジプトの王、ツタンカーメンの名前もアメン神に由来。「Tut ankh Amen(トゥト・アンク・アメン)」すなわち「アメン神の生ける姿」を意味します。

エジプトの神々はしばしば頭部が動物の姿で描かれます。ジャッカルの頭を持つ死者の神「Anubis(アヌビス)」などは皆さんも壁画の写真等でお馴染みでしょう。アメン神も例にもれず羊の頭を持っていました。中生代に繁栄した化石動物「ammonite(アンモナイト)」は、その形がアメン神の羊の角に似ていたことから名付けられました。

さらにこの神は意外な物質にもその名を残しています。アメン神の神殿には、多くの人がラクダに乗って参拝しました。そのラクダたちの落とした糞から肥料が作られ、「sal ammoniac(=アメン神の塩)」と呼ばれました。今で言うところの塩化アンモニウム(NH4Cl)です。そして後に、この物質から得られる気体が「ammonia(アンモニア)」と命名されたのです。この悪臭で名高い気体の語源となったアメン神は複雑な心境かも知れませんが、人体を形成するのに欠かせない「amino acid(=アミノ酸)」も、アンモニア(NH3)と似た構造のアミノ基(-NH2)を持つことから命名されたと知れば喜んで頂けるかもしれませんね。


おまけ ― キリスト教のお祈りの最後に唱える「アーメン」はアモン神とは関係なく、ヘブライ語の「amen(=確かに)」に由来します。日本ではキリスト教伝来以来、何とかこの言葉を訳そうと苦労し、「どうぞ」、「なにとぞ」、「南無」、「かくあれかし」、「あなかしこ」と様々な訳語が考え出されてきましたが、結局は「アーメン」に落ち着いたようです。(参考:『外来語の語源(吉沢典男・石綿敏雄、角川書店)』)