神の時代

ラテン語で「家」は「domus(ドムス)」。「ドーム屋根」、「東京ドーム」など、丸天井のことを英語で「dome(ドーム)」と呼ぶのは、南欧の建物に丸天井のある様式のものが多かったからです。空港の国内線カウンタの英語表記「domestic(ドメスティック=家庭内の、国内の)」も「domus」の派生語です。

「家」を表すこの単語は、次第に「(家の)主人」を表す単語を生み出していきます。「(政界の)首領」などと書いて「ドン」と読ませたりしますが、これはスペイン語の敬称「don」に由来します。物語の登場人物「Don Quijote(ドン・キホーテ)」、「Don Juan(ドン・フアン)」が有名ですね。フランスには「ドン・ペリ」の愛称で知られる「Dom Pérignon(ドン・ペリニョン)」という名の高級シャンパンがありますが、これはその製法を発明した「ペリニョン神父」の名に因みます(参考「キャンプだホイ」)。

女主人を意味する女性の敬称として「ma(=私の)」を頭につけた形の「madonna〔伊〕(マドンナ)」、「madame〔仏〕(マダム)」もあります。レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「Mona Lisa(モナ・リザ)」の「Mona」は「madonna」の短縮形で、「リザ夫人」の意。オペラの主役女性を意味する「prima donna〔伊〕(プリマ・ドンナ)」(原義は「第一の女性」)や聖母マリアを意味する「notre dame〔仏〕(ノートル・ダム)」(原義は「私たちの女性」)もお馴染みの言葉です。

「主人」=「支配する」の意味を持つ単語としては「domain(ドメイン=領土)」、「dominate(ドミネイト=支配する)」などが派生しました。「condominium(コンドミニアム=分譲マンション)」は元来「con(=共同で)」+「dominium(=支配)」で「共同統治」の意味と知ると、なるほどと思われます。

キリスト教の世界では「主人」=「神」。車の名前でもおなじみのスペイン語「domingo(ドミンゴ=日曜日)」は、キリストが十字架にかけられてから三日後に復活した「主イエスの日」の意。ついでに「Dominican Republic(=ドミニカ共和国)」は、1493年にコロンブスがこの島を発見したのが日曜日だったことから命名されました。ところで西暦1493年のことをA.D.1493などと記述しますがこの「A.D.」はラテン語で「anno Domini」の略。「anno」は「年」ですので、「(キリストが降臨して)神の治める時代になってから〜年」という意味なのです(因みに「B.C.」は「before Christ(=キリスト前)」ですね)。そう考えると「西暦2000年」も、神武天皇が即位してからの年数で「皇紀2660年」と数えるのと大して変わらないということになります。

近代以降、キリスト教世界を中心に歴史が動いてきた為、他にも「国際連合旗」や「赤十字旗」など、国際的・宗教的に中立であるべきものにキリスト教のシンボルが埋め込まれています。国際連合旗には正積方位図法の世界地図の周りにキリスト教世界での平和のシンボルであるオリーブの葉が描かれているし(ノアの箱船に鳩が最初に持ち帰った陸地の証拠がオリーブ)、イスラム教圏では赤十字を嫌って代わりに「赤新月」が使われています。これらのキリスト教系シンボルを今すぐ廃止すべきだとは言いませんが、快く思わない人もいることは知っておいた方がよいでしょう。


おまけ ― 国際赤十字社連盟はその標章として赤十字と赤新月を認めていますが、現在全世界で通用する第三の標章を検討中です。