ゑびすの地より

恵比須、大黒、毘沙門、弁天、福祿寿、寿老人、布袋、合わせて七福神と呼びますが、意外なことにこの中で日本独自の神様は恵比須様だけ。古代には神は海のかなたから来臨するとの信仰があり、恵比須の名は「異郷の人」を意味する「えびす」に由来すると言われています。もともとは漁師たちの間で信じられていた神様でしたが、次第に都市部にも伝わって現在では商売の神様として定着しています。関西では一月十日の「十日えびす」が有名ですね。あるいはもっと有名なのはヱビスビールかも知れません。山手線の恵比寿駅は当初はヱビスビールの出荷のための貨物駅でした。

さて、漢和辞典で「えびす」を引くと「夷」「戎」「蛮」「狄」「胡」…とさまざまな漢字が見付かります。古くから中国では、自分たちの国が世界の中心であるという中華思想という考え方があり、四方に住む”野蛮人”たちを「東夷(とうい)」「西戎(せいじゅう)」「南蛮(なんばん)」「北狄(ほくてき)」と呼びました。これらの異民族を指す漢字が「えびす」に当てられたというわけです。鎌倉時代以降の将軍の称号は「征夷大将軍」ですが、もともとは奈良・平安時代に東北地方(すなわち都から見た「夷」)を平定するために遣わされた軍の総大将のことでした。また、幕末の「攘夷」運動は「夷」すなわち列強諸国を打ち払う運動のことです。

「南蛮」はもともと中国から見た南方、すなわちインドシナ周辺のことでしたが、日本ではタイ・フィリピン・ジャワ等の南洋諸島の意味にも使われました。後にポルトガル人・スペイン人を指す言葉となったのはご存知のとおりです。鴨南蛮、南蛮漬けなどの料理名は、一説によると具のネギがポルトガル人の食事によく使われていたことに由来するのだとか。大阪の難波がネギの産地だったことから「鴨難波」がなまったものとの説もあります。

「胡」も「戎」と同様、中央アジア近辺に住む異民族を意味します。「胡麻(ごま)」「胡椒(こしょう)」「胡瓜(きゅうり)」「胡桃(くるみ)」「葫(にんにく)」などは西域を通って伝わった食物です。「胡坐(あぐら)」も西方の習俗に由来しているといわれます。日本で「唐草模様」、「唐傘」、「唐辛子」など大陸から伝わったものに「唐」をつけるような感覚でしょうか。

ついでにもうひとつ民族名に由来する名称をご紹介しましょう。やはり中国西方に住んでいたウイグル族。現在は「維吾爾(ウイグル)」と記述されますが、かつては「回鶻」の漢字を当てていました。「回(ウイ)」とはまた日本の「カイ」の発音からは随分とかけ離れていますが、現代の中国普通語の発音は「フイ」(「回鍋肉(ホイコーロー)」を思い浮かべれば少し納得?)、そしてイスラム教の別名「回教」はこのウイグル族にイスラム教徒が多かったことに因みます。但し偏見を含むこの「回教」の用語は最近の教科書からは廃止されていく傾向にあります。


おまけ ― 因みに「胡瓜」の和名「きゅうり」の語源は「黄瓜(きうり)」。私たちが普段食べている緑色のものは若い果実で、熟すと黄色くなります(酸っぱくて食べられませんが)。