ないないづくし

さて問題です、英語で「priceless(プライスレス)」とはどのような意味でしょう?普通に考えると「price(プライス=価値)」が「less(レス=…の無い)」なので「無価値な」となりそうなところですが、正解は「非常に高価な」。「価格が付けられないほど」貴重なもの、というニュアンスを持ちます。同様に「invaluable(インバリューアブル)」も「評価できないほど」価値があることを表す形容詞です。ところが一方で「valueless(バリューレス)」といえば文字通り「価値の無い」「つまらない」の意になりますので、なかなか一筋縄ではいきません。

英語には何だってそんな変な成り立ちの単語があるんだ?とおっしゃるあなた、実は日本語も他人のことを言えた義理ではありません。「感無量」の「無量」は「量が無い」のではなく「量ることができないほど大きい」、「無数」は「数が無い」のではなく「数えることができないほど多い」ことを表し、正に英語の「immense(イメンス=はかり知れない、menseはmeasureと同源)」や「countless(カウントレス=数え切れない)」に対応します。「莫大(ばくだい)」という言葉も「莫」の字は漢文で習った通り「なし」「なかれ」と読んで否定の意味を表しますが、決して「大きくない」という意味ではなく、極めて大きなことを表しますね。「これより大なるは莫し」というわけです。

英語でもう一つややこしいのが、語頭に強調の「in」が付く単語。その中でも特に誤解を招きやすいのが「flammable(フラマブル=燃えやすい、引火性の)」と「inflammable(インフラマブル)」です。ご存知のように語頭の「in」は否定を表すことが多いため、「inflammable」は「不燃性」に違いないと思ってしまいますが、実は「flammable」と同じく「可燃性」の意味なのです。現在ではこの紛らわしさによる危険を避けるため、「inflammable」の使用は避ける傾向にあります。他にも強調の「in」で始まる単語には例えば「inherit(インヘリット=継承する)」(参考:「heritage(ヘリティッジ=遺産)」)「ingenious(インジーニアス=独創的な)」(参考:「genius(ジーニアス=天才)」)、「illumination(イルミネーション=照明)」(参考:「luminance(ルミナンス=発光)」)があります。

ほらやっぱり英語は変だ、とおっしゃっているあなた、なんと日本語にも同じような現象があるのです。例えば「せわしい」と「せわしない」、同じ意味でしょう?この「ない」は強調を表すとされていて、他にも「せつない」(「せつい」という似た意味の単語もあり)、「滅相もない」(「滅相だ」とも言う)などの例があります。これとはまたちょっと異なるケースが「ぞっとする」と「ぞっとしない」。前者の「ぞっと」は恐怖や寒さを表しますが、後者の「ぞっと」は良い意味の感動を表し、「ぞっとしない」で「感心しない」の意味になったようです。「とんだ」と「とんでもない」というペアもありますが、こちらはそれぞれ「飛んだ」と「途でもない=道外れた」が変化したものだとされます。

最近では逆に「何気(なにげ)ない」、「然り気(さりげ)ない」と本来否定の意味であったはずの「ない」が取れて、「何気に」、「然り気に」が同義で使われるといったような現象も起きていて、英語以上にわけのわからない日本語だったりするのです(そこがまた面白いところなのですが(;^-^A)。