赤い理想

今回は政治に関する言葉にスポットを当ててみます。

アメリカの議会を構成する「上院」、「下院」はそれぞれ英語の「the Upper House」、「the Lower House」の訳ですが、ではなぜ「上」と「下」なのでしょうか?理由は簡単、アメリカで1790年から1800年まで国会が開かれていたフィラデルフィアの建物が二階建てであり、その二階で開かれていた議会が上院、一階で開かれていたのが下院だったから。一方お隣のカナダでは上院を「the Red Chamber(=赤い部屋)」、下院を「the Green Chamber(=緑の部屋)」と呼んだりしますが、こちらは議会が開かれていた部屋の敷物の色に由来します。ところでアメリカの上院・下院の正式名称はそれぞれ「the Senate House」と「the House of Representatives」ですが、イギリスのそれは何と「the House of Lords(=貴族院←支配者の家)」と「the House of Commons(=庶民院←一般大衆の家)」。因みに日本の参議院・衆議院は「the House of Councilors(=参事官の家)」、「the House of Representatives(=代表者の家)」と訳されています。

次は「左翼」、「右翼」という言葉、それぞれ「left wing」、「right wing」の直訳ですがこちらも語源は単純です。ヨーロッパの議会において、議長席から向かって左側の席に急進的・社会主義的意見の革命派が、右側には穏健な立場をとった漸進派が座る慣習があったから。ヨーロッパでは議場に限らず劇場でも左右の指定は舞台から客席に向かっての左右であり、客席から見る日本の場合とは逆になります。ということは日本の左翼はヨーロッパの右翼で、ヨーロッパの右翼は日本の左翼?

最後は社会主義のシンボル色、「赤」の秘密に迫って見ましょう。そのルーツは意外なことにフランス革命にあります。革命期、民衆の暴動を抑えるための戒厳令のサインとして国民議会が定めたのが目立ちやすい「赤い旗」。しかし対抗する民衆はこれを逆手にとり、「王家の反乱に対する人民の戒厳令」として赤旗を手にデモを行ったのです。それ以来、赤旗は民衆側のシンボルとなったのですが、ロシア革命時にレーニン率いる労働党がこれを使用し、さらにはソ連の国旗に採用されるに至って、すっかり社会主義のシンボルとなってしまったのです。(参考:『世界の国旗 全図鑑(辻原康夫編著、小学館)』)

そのソ連が崩壊し、多くの地名も、例えば独裁者の名前を冠せられた「Leningrad(レニングラード=レーニンの街)」が「Sankt Peterburg(サンクト・ペテルブルグ=聖ピョートルの街)」になるなど、革命前のものに戻り、あの赤い国旗も帝政ロシア時代の白・青・赤の三色旗に取って代わられました。しかしモスクワのクレムリン前にある広場はなぜかいつまでたっても「赤の広場」のまま。というのもこの広場の名前は、17世紀後半すなわちロシア革命よりも随分前につけられたものなのです。ロシア語の「赤い」は「美しい」と同語源の単語。つまりあの名前の裏には「美しい広場」という意味が込められていて、共産主義とは何の関係も無い名前だったというわけです。レーニンが旗の色に託していた理想も、初めは「美しい」ものだったのでしょうね。