忍耐と才能

ギリシャ神話に出てくる巨人「Atlas(アトラス)」、ゼウスたち神々との戦いに敗れた彼は、世界の西の果てで天空を支え続けるという罰を受けます。日産の「アトラス」というトラックの名は彼の「力強さ」をイメージしたものです。アフリカ大陸の北端にそびえるアトラス山脈は彼の変わり果てた姿だと言われ、さらにその西に広がる「Atlantic Ocean(アトランティック・オーシャン=大西洋)」はこの山脈の名に因みます。また「atlas」と小文字で書くと「地図帳」の意味になりますが、これは初期の頃、「Mercator(メルカトル)」が作成した地図帳の表紙に地球を支えるアトラスの姿が描かれていたからと言われています。

さて、この「Atlas」の名は語源的に「持ち上げる、支える」という意味を持ちます。これと親戚関係にあたる名を持つのが、同じくギリシャ神話に出てくる「Tantalos(タンタロス)」王。神々を冒涜したこの王は、首まで浸る水を飲もうとすると水が引き、頭上にぶら下がる果物を食べようとすると遠のいてしまうという、飢えと渇きの苦しみをあじわいます。つまり「支える」の意から「耐える・我慢する」という意味が派生したわけで、英語の「tolerate(トレレイト=耐える、我慢する)」もその仲間です。さらには英語の「tantalize(タンタライズ=じらす)」という動詞や、発見までに苦労が多かった元素「Tantal〔独〕(タンタル)」の名が、このタンタロス王に由来します。

日本語で「タレント」と言えば「芸能人」を指しますが、この「talent(タレント)」もアトラスやタンタロスと語源を同じくします。とは言っても芸能人が何かを「耐え忍ぶ」というわけではありません。英語におけるこの単語の主要な意味は「才能」。すなわち一般の人に比べて何かしら才能のある人たちがタレントなのです。この「talent」の語源を遡ってみると、「talanton(タラントン)」という古代のお金の単位に辿り着きます。つまり金や銀を「持ち上げて」量る重さの単位だったのです。この語が「才能」の意味を持つようになったのは、聖書(マタイによる福音書)に出てくる次の挿話によります。

ある人が旅行に出かける時に3人の下僕を呼び、それぞれに5タラントン、2タラントン、1タラントンを預けた。5タラントン預かった者はこれを元手に商売をして5タラントン儲けた。同様に2タラントン預かった者は2タラントン儲けた。ところが1タラントン預かった者はこれを失うことを恐れ、穴を掘って隠しておいた。帰ってきた主人は預けたお金を倍にした2人を誉めたが、1タラントン預けた者を怠け者と罵った。

この話の中でタラントンは天が人に与える能力を例えているとされています。但しこの時、主人が「1タラントンじゃタラン!」と言ったかどうかは聖書は詳らかにしていません。\(°・°)ノ