キャンプだホイ

今回は「camp(キャンプ)」という言葉を追って、その発音の変化をたどって見ましょう。

「camp」はラテン語の「campus(カンプス=広けた野原)」に由来します。容易に想像がつくように、大学構内を意味する単語「campus(キャンパス)」はこの直系の子孫です。イタリア南部の「Campania(カンパーニア)」州は山がちなイタリア半島の中で比較的開けているところからこの名がつきました。古代、同地方は銅の鋳造地として有名だったため、銅の代名詞としても使われ、(銅製の)釣鐘型の花を咲かせる植物「カンパニュラ(campanula)」の名をも残しています。同じくイタリアのお酒「Campari(カンパリ)」は、その創始者「Gaspare Campari(ガスパーレ・カンパリ)」氏の名に因みますが、これは日本語で言えば「野原」さんにあたる姓といえるでしょう。また「campus」には「野戦場」の意味もあります。ヒットラーの著作「わが闘争」の原題は「Mein Kampf(マイン・カンプフ)」。「campaign(キャンペーン)」は本来は「屋外で行われる軍事演習」の意味だったものが、次第に「目的を達成するための行動」という現在の意味に変化したものです。募金活動「カンパ」も「campaign」がロシア語「kampanija(カンパニア)」経由で輸入されたものです。

このようにかつては「k」すなわち「ク」であった「c」の発音が、フランス語では次第に口内の前の方で発音される「チ」の音に変化していき(これを「口蓋化」といいます)、綴りも「ch」に代わられます。「ch」の綴りはもともとギリシャ文字「χ(カイ)」を表すために作られた組み合わせだったのですが、これが新しい「チ」の音を表すために流用されたわけです。英語の「champion(チャンピオン)」も「camp」と同源の単語でもともとは「戦士」の意味でした。

この「チ」の発音は、さらに口蓋化が進んで「シュ」の音に変化していきます。フランス語の「ch」の綴りが英語の「sh」のように「シュ」と発音されることをご存知の方は多いでしょう。この頃までにはすでに印刷技術が発達していたこともあって綴りは「ch」のまま変化しませんでした。身近な例では英語の「chief(チーフ)」にあたるフランス語「chef(シェフ=料理長)」、「chocolate(チョコレート)」にあたる「chocolat(ショコラ)」、「Charles(チャールズ)」にあたる「Charles(シャルル)」などがあります。アメリカの地名「Michigan(ミシガン)」、「Chicago(シカゴ)」の綴りはこの地に最初に到達したヨーロッパ人がフランス人だったことを示しています(但しどちらも語源は先住民の言葉です)。

話はそれますがかつてカタカナによる表記法が「ゴエテ」、「ギューテ」、「ゲヱテ」などと29通りもあったといわれるドイツの文豪「Goethe(ゲーテ)」のことを詠んだ「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」という斎藤緑雨の川柳があります。これをもじってパリで活躍した作曲家「Chopin(ショパン)」のことを詠んだ「チョピンとは俺のことかとショパン言い」との替え川柳があり、フランス語の「ch」の綴りの紛らわしさをうまく謡っています。

話を「camp」に戻しましょう。フランス語で「キノコ」のことを「champignon(シャンピニョン)」と言いますが、これも「camp」の仲間。日本ではキノコは木に生えるものと相場が決まっていますが、西洋のキノコは開けた野原にも育つのでしょう。「♪オ〜、シャンゼリゼ〜」の歌で有名なパリのシャンゼリゼ大通りの名にも「camp」が隠れています。フランス語の綴りは「Champs-Élysées」、直訳すれば「エリーゼの園」で、古代ギリシャ神話に出てくる極楽浄土の名前です。

最後にフランス北東部の開けた土地「Champagne(シャンパーニュ)」地方名産のスパークリング・ワイン「champagne(=シャンパン)」の逸話をご紹介しましょう。シャンパンは1700年頃修道院の酒蔵係をしていた「Dom Pérignon(ドン・ペリニョン)」によって偶然作られたとの伝説が残っています。それによると、冬までに発酵しきれなかったワインを彼が瓶に詰めてほったらかしていたところ、春になって瓶の中で発酵してできたのがこの発泡酒なのです。この神父はシャンパンの最高級銘柄「ドン・ペリ」にその名を残していますね。


おまけ ― 「k」が「ch」に変化する口蓋化は沖縄の言葉にも見られ、「沖縄(おなわ)」に対する「うなー」、「清らよら)」に対する「ゅら」、「焼物(やもの)」に対する「やむん」などの例が挙げられます。