下郎哀史

生物名を学術用語として表記する際にはカタカナで書くことが慣習になっています。これには漢字表記の持つ曖昧性を排除する目的があるようです。例えば「蜻蛉」と書くと「とんぼ」とも「かげろう」とも読めるし、逆に「くぬぎ」を漢字で書こうとすると、「櫟」、「椚」、「橡」、「櫪」と様々な表記があって統一が難しいからです。また、カタカナで表記することにより、これは生物名なのだな、と認識しやすくなるという利点もあります。例えば「現の証拠」という薬草があります。「現の証拠の化学成分の分析」だと警察の犯罪調査報告書みたいですが、「ゲンノショウコの化学成分の分析」ならば学術論文だとすぐに見当がつきますね。

しかしこのカタカナ表記、一方では元の意味が分からなくなってしまうという欠点があります。例えば、マダガスカル島に生息する「ワオキツネザル」というサルがいますが、「わおっ」って何だか陽気な名前だなと思いつつ、その本当の意味を知らない人も多いはず。「ワオ」は漢字で書くと「輪尾」、英語の「ring-tailed」の訳で、特徴的な白黒の縞模様のあるしっぽに由来する名前です。「モウコノロバ」というロバもいます。「もうっ!このロバ」ではなくモンゴルに住む「蒙古野驢馬」です。

カタカナ表記に慣れている生物名でも、たまに漢字でどう書くのだろう?と調べてみると新しい発見があります。「セキセイインコ」は「脊黄青鸚哥」で背中に黄色と青の羽根を持つインコの意。「イソギンチャク」は「磯巾着」、すなわち磯に生息する巾着(きんちゃく)。これなんか昔の人の感覚にほんのちょっと触れたような気がして嬉しくなりませんか?

それにしてもカタカナ表記の一番の被害者はやはり「ウスバカゲロウ」でしょう。「薄羽蜉蝣」ではなく「薄バカ下郎」と勘違いしている方が意外に多くいらっしゃるようです(;^-^A