ドイツ語の縮図

山岳・スキー関係の用語にはドイツ語からの外来語が多くあります。ドイツ語は漢語のように単語と単語をそのままつなげて新しい単語を作ることができますが、その結果として一つの単語が長くなる傾向があり、日本語に入ってくる際にはその一部分のみが採用されるケースが目立ちます。このために生じた原語とのギャップを、対応する英単語をご紹介しながら見てみましょう。

スキーをする場所を「Gelände(ゲレンデ)」と呼びますが、「Ge-」は集合名詞を作る接頭語で、残りの部分は英語の「land(ランド=土地)」にあたる「Land(ラント)」に由来します。というわけでドイツ語の「Gelände」には単純に「土地」の意味しか無いのです。日本語の「ゲレンデ」はおそらく「Ski」+「Gelände」=「Skigelände(シーゲレンデ=スキー場)」の前半部分が省略されたものです。

寝袋のことを「Schlaf(シュラーフ=シュラフ)」と呼びますが、これは英語の「sleep(スリープ=眠り)」に該当する語で、ただ単に「眠り」という意味です。つまり「シュラフで眠る」をそのまま訳すと「眠りで眠る」という訳の分からない文になってしまうというわけ。本来のドイツ語の「Schlafsack(シュラーフザック)」の第二要素「Sack」が落ちてしまった形です。「Sack」は英語に同じ綴りの単語があるように「袋」のことです。

「Eisen(アイゼン)」と言えば、雪や氷の斜面で滑らないように登山靴の底に取り付ける鉄製の爪のことですが、その直訳は「鉄」。「s」が「r」に変化してはいますが英語の「iron(アイロン)」がその親戚です。この道具を表す本来のドイツ語は「Steigeisen(シュタイクアイゼン)」。「Steig(=山道)」+「Eisen(=鉄)」という語構成です。因みにアメリカ合衆国の第34代大統領の名「Eisenhower(アイゼンハワー)」は「鉄鉱夫」の意味です。

最後に、「Karabiner(カラビナ)」という道具を皆さんご存知でしょうか?D字型をした金属製の輪で、ハーケンにザイルを固定するために用います。最近はファッションとしてバックパックにぶら下げている人も多いですね。こちらも本来のドイツ語は「Karabinerhaken(カラビナハーケン)」という長い単語。後半部分「Haken」は英語の「hook(フック)」の親戚で「鉤」の意味、日本語に「鉤十字」と訳される「Hakenkreuz(ハーケンクロイツ)」でもお馴染みです。で、一方の「Karabiner」を英語に直すとその意味は何と「carbine(カービーン=カービン銃)」。元来はカービン銃を弾薬帯に固定するための金具だったためにこの名が付いています。


おまけ ― その他、対応する英単語を知ればなるほどと思えるドイツ語由来の山用語として、「Jacke〔独〕(ヤッケ)」−「jacket〔英〕(ジャケット)」、「Kocher〔独〕(コッヒャー=コッヘル)」−「cooker〔英〕(クッカー=調理道具)」、「Hütte〔独〕(ヒュッテ)」−「hut〔英〕(ハット=山小屋)」などがあります。英語の「hut」は馴染みの薄い単語かもしれませんが、身近な例としてはピザレストランチェーンの「Pizza Hut(ピザ・ハット=ピザ小屋)」や長崎ちゃんぽんチェーンの「Ringer Hut(リンガー・ハット)」があります。でも「Pizza Hut」の方はあの赤い屋根のシンボルマークが帽子にも見えることから、「Pizza Hat(=ピザ帽子?)」だと思っている方もかなり多いのではないでしょうか?