地獄の元素

日本では水星、金星、火星、木星、土星と呼ばれる5つの惑星たち。これらの惑星は肉眼でも見ることができるため古くから知られており、その名前は「中日タイガース」でもご紹介した五行説に由来します。中国占星術ではこれら5つの星に太陽と月を加えて「七曜」と呼びます(漢字「曜」の本来の意味は「ひかりかがやく」の意)が、明治時代の太陽暦への移行に伴い、この「七曜」が「曜日」として採用されたのが現在の「日月火水木金土」というわけです。但し現在の中国では日曜日は「星期日(シンチジー)」もしくは「星期天(シンチティエン)」、月曜日から土曜日までは順に「星期一(シンチイー)」、…、「星期六(シンチリウ)」と呼ばれています。

一方、西洋では惑星はギリシャ・ローマ神話に登場する神の名と結び付けられています。

惑星 英語 ローマ神話 ギリシャ神話
水星 Mercury(マーキュリー) Mercurius(メルクリウス) Hermes(ヘルメス)
金星 Venus(ヴィーナス) Venus(ウェヌス) Aphrodite(アフロディテ)
火星 Mars(マーズ) Mars(マルス) Ares(アレス)
木星 Jupiter(ジュピター) Jupiter(ユピテル) Zeus(ゼウス)
土星 Saturn(サターン) Saturnus(サトゥルヌス) Kronos(クロノス)

2000年以上にわたって人類の知る惑星はこれら5つに地球を含めた6つだけでしたが、18世紀になると望遠鏡の発明によって新しい惑星が発見され始めます。まずイギリスの天文学者「William Herschel(ウィリアム・ハーシェル)」が1781年に天王星を発見します。ハーシェル自身は彼を援助してくれた当時のイギリス王ジョージV世の名を取って「ジョージの星」との名称を提案したのですが、結局神の名をつけるというそれまでの慣習に従った「Uranus(ユラナス)」の名が一般的になりました。「Ouranos(ウラノス)」はギリシャ神話に出てくる天空の神で、これを意訳したのが「天王星」です。

この天王星の軌道を観測するうちに、天文学者たちはその運動の誤差からさらに外側の惑星の存在を予測します。そして1846年、フランスの天文学者の推算に基づき、ドイツの「Johann Gottfried Galle(ヨハン・ゴットフリート・ガレ)」が海王星を発見したのです。この惑星はその美しい青色から「Neptune(ネプチューン)」と名付けられます。「Neptunus(ネプトゥヌス)」はギリシャ神話の「Poseidon(ポセイドン)」と同一視されるローマ神話の海の神、すなわち「海王」です。

しかしこの海王星の影響を差し引いても天王星の運動は説明しきれず、天文学者たちはさらに外側の惑星を探しつづけます。その中の一人にアメリカの「Percival Lowell(パーシバル・ローウェル)」がいました。彼は結局念願を果たせぬままこの世を去ったのですが、彼の教え子により1930年に冥王星が発見されます。この惑星はローウェルのイニシャル「P.L.」で始まる名をもつ冥界(死者の世界)の神「Pluto(プルートー)」と名付けられます。事実、太陽から遠く離れた暗い極寒の死の世界であるわけですので、ふさわしい名前といえるでしょう。

さて天文学者たちが未知の惑星を追い求めている頃、地球では物理学者たちによる新しい元素の発見が相次いでいました。原子番号92の「Uran〔独〕(=ウラン)」は当時見付かったばかりの天王星に因んで1789年に命名され、1940年に人工的に作られた原子番号93の「neptunium(ネプツニウム)」、原子番号94の「plutonium(プルトニウム)」もこれに習って海王星、冥王星の名を貰っています。発見後すぐに原爆の材料として利用されたプルトニウムはまさに「地獄からやってきた元素」といえるでしょう。


おまけ ― ミッキーマウスの愛犬「Pluto(プルート)」は、冥王星が発見された1930年に誕生したことから名付けられました。因みにウォルト・ディズニー社は、ポパイの登場人物「Bluto(ブルート)」の名がプルートと紛らわしいとの理由でパラマウント映画社を訴え、「Brutus(ブルータス)」と改名させています。