剃刀の使い道
「h」の発音は多くの言語で無音化する傾向にありますが、その珍しい例外が「humor(ヒューモア)」。日本語では古い発音「ユーモア」が定着していますが、現代英語では「h」が復活していて、しっかりと発音されます。ところでこの「humor」を辞書で引くと、いわゆる「ユーモア」の意味の他に、文語的表現として「気性、気質」の意味が載っています。「humor」は「humid(ヒューミッド=湿っぽい)」と同根の単語でその本来の意味は「体液」。この語が「気質」の意味を持つようになったのは、医学の父と称される古代ギリシャの哲学者ヒポクラテスが、人間の体内には次表の4種類の体液が流れ、その割合が人間の気質を決定すると説いたからです。
体液名 | 意味 | 性格 |
sanguine(サングイン) | 血液 | 陽気、快活 |
choleric(コレリック) | 黄胆汁 | 怒りっぽい、短気 |
melancholic(メランコリック) | 黒胆汁 | 憂鬱気味 |
phlegmatic(フレグマティック) | 粘液 | 冷静、冷淡 |
この考え方は四元素説の影響を受けていて、それぞれの体液が自然界の基本要素「空気」、「火」、「土」、「水」に対応しています。
「choleric(=黄胆汁)」の語源はその色を表すギリシャ語の「chloros(クローロス=黄緑の)」。「chlorophyll(クロロフィル=葉緑素)」、「chlorella(クロレラ)」、「chlorine(クロリン=塩素、元素記号Cl)」などはこの色に由来する語です。葉緑素入りガム「Clorets(クロレッツ)」なんてのもありますね。また、「胆汁」の意味から派生した単語としては、胆汁に多く含まれるステロイド「cholesterol(コレステロール)」や、胆汁の病気と考えられていた「cholera(コレラ)」があります。
この「choleric」にギリシャ語の接頭語「melan-(メラン=黒い)」がついたのが「melancholy(メランコリー=黒胆汁)」。黒胆汁は四体液の中で唯一想像上の体液ですが、憂鬱を引き起こす原因であると信じられていました。今ではすっかり本来の体液の意味は忘れられ、もっぱら鬱の状態を表す言葉になっていますね。因みに「melan-」は、日焼けの元となる色素「melanin(メラニン)」やオーストラリア北東に位置する太平洋諸島「Melanesia(メラネシア←住民の肌の色より)」の語源でもあります。
この体液学説は近世になるまで信じられており、病気は体液の乱れが引き起こすものと考えられていたことから、体液のバランスをとる手段として瀉血(静脈を切開して血を抜くこと)が盛んに行われました。この処置を施していたのが何と当時の床屋さん。一説によると瀉血は浴場で行われることが多かったため、そこに出入りし、しかも刃物を持っている理髪師が適役として瀉血師を兼ねたのだとか。床屋のシンボルマークである赤・青・白の螺旋模様のサインポールの色はそれぞれ動脈・静脈・包帯を表していて、かつての主人の大役(?)を偲ばせながら回っています。
おまけ ― 床屋のサインポールのまたの名は「有平棒(あるへいぼう)」。南蛮渡来の棒状のお菓子「有平糖(あるへいとう)」にその姿が似ているからだとか。有平糖の名はポルトガル語の「alfeloa(アルフェロア)」に由来します。
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