大晦日に想ふ

今年も大晦日が迫ってきました。「大みそか」とは各月の「三十日(みそか)」の総締めくくり。「そ」は「十露盤(そろばん)」の例に見られるように和語で「十」の意味ですから、「みそ」は「30」のことです。現在では「みそか」の他には「三十一文字(みそひともじ)」、「三十路(みそじ)」などの特定の用法に名をとどめるのみですね。因みに「20」の和語は「はた」。こちらも「二十日(はつか)」、「二十歳(はたち)」の用例を残すのみです。「十」を横に並べて「20」、「30」を表す漢字「廿」、「丗」も今日ではほとんど使われませんが、「世」の字が「丗」の異体字というのは面白いですね。一代三十年というわけです。

話を大晦日に戻しましょう。大晦日のことを別名「大晦(おおつごもり)」とも呼びますが、この「晦(つごもり)」とは「月隠(つきごもり)」が訛ったもの。陰暦では月末になると月が見えなくなってしまうからです。逆に月が見え始める「一日」を「ついたち」と呼ぶのは「月立(つきたち)」の音便形。月のこの状態を「朔(さく)」ともいい、「一日」に「朔日」の漢字を当てることがあります。「八朔(はっさく)」という品種のみかんがありますが、これは広島県因島市にある浄土寺の境内で初めて発見され、時の和尚が「(旧暦の)八月一日に食べられる」と言ったことからこの名がついたのだとか。但し八朔の旬は1月から4月頃です。

でもやはり異名が多いのは十五夜の月。「満月」、「望月(もちづき)」、「三五(さんご←3×5=15だから)」、「最中の月(もなかのつき)」等の別名があります。和菓子の「最中(もなか)」はその丸い形から十五夜にあやかって名付けられました(今では丸くない最中も珍しくないですが…)。さて、十五夜が終わると月の出は次第に遅くなっていきます。テレビもラジオも無かった時代、人々は次第に欠けていく月でも東の空から上ってくるのを心待ちにし、とても風流な別名をつけています。

異称 説明
十六夜 いざよい 月がいざよって(=ためらって、ぐずぐずして)
なかなか出てこないから
十七夜 立待月(たちまちづき) 夕方立ったままで待っていれば
そのうちに月が出てくることから
十八夜 居待月(いまちづき) 立って待つには時間がかかるが、
座って待っているうちに出てくることから
十九夜 寝待月(ねまちづき)
臥待月(ふしまちづき)
座って待つには時間がかかるが、
寝て待っているうちに出てくることから
二十夜 更待月(ふけまちづき) 夜が更けるまで月が出てこないことから

ところで「十七屋」とは「飛脚屋」の異称。「十七屋」→「十七夜」→「立待月」→「忽ち着き」に引っ掛けたというわけ。こちらも粋な命名ですね。


言葉の世界』の佐藤和美さんからこんな情報を頂きました。

詩人の萩原朔太郎の生まれたのは1886年11月1日。朔日(ついたち)生まれの長男で、朔太郎だそうです。


おまけ ― 昔は月の見えない「朔」を直接知ることはできず、最初に月が見えた日から遡って決めていたため、「遡(さかのぼる)」という漢字ができたと言われています。