ハノイ音頭
「"ピー"酒」では、「華氏」は「Fahrenheit(ファーレンハイト)」の、「函数」は「function(ファンクション)」の、それぞれ音訳だとご紹介しました。でも日本語では「華」の音読みは「カ」、「函」の読みは「カン」であって、語源となった単語の音「ファー」や「ファン」とは随分かけ離れているように思われますね。実は現在の中国語でも「華」は「フア」、「函」は「ハン」と発音されます。これならば「Fahrenheit」や「function」の音訳として使われても納得がいきますね。では一体なぜ中国語の「H」が日本語では「K」に化けてしまったのでしょうか。
「ハイト!一発!」でご紹介した通り、日本語の「ハ行」の発音は中世には「ファフィフフェフォ」と発音されていました。さらに奈良時代まで遡ると「パピプペポ」だったとされています。ということはちょうど日本に漢字が紹介された頃には現在のハ行にあたる発音が日本語には無かったということになります。そこで仕方なく当てた音が「カ行」だったというわけです。
「K」と「H」では全然違う音のように思えるかもしれません。でも実際口の中でこの両者を発音してみると、口の中の前の方のほぼ同じ場所で出している音であることがわかります。実際ヨーロッパの言葉でも「K」の発音が「H」に変化した例があります(参照:「とんがりコーン」のおまけ)。というわけで今回はこの「K」と「H」の関係でシナプスをつないでみましょう。
誰でも知っている中国語の挨拶「好(ニーハオ)」を思い出してみてください。「好」の日本語での音読みは「コウ」、「H」が「K」に対応していますね。「上海(シャンハイ)」の「海」の音読みは「カイ」、「回鍋肉(ホイコーロー)」の「回」も「カイ」ですね。上野動物園のパンダ「ホアンホアン」の漢字は「歓歓」でした(因みに初代上野パンダの「カンカン」は「康康」と書きます)。「皇帝」の「皇」の字の読みも中国語では「フアン」ですが、これはコカ・コーラ社のウーロン茶のブランド「煌(ファン)」からも類推できます。麻雀好きの方には「平和(ピンフ、和には「カ」という音読みもある)」、「混一(ホンイツ)」、「上海」とダブりますが「海底(ハイテイ=最後のツモ)」などの例もあります。
中国語が影響を及ぼしたのはもちろん日本だけではありませんが、他の言語には「H」の発音をほぼそのまま受け入れる素地がありました。サッカーのワールドカップで韓国の応援団が「テーハンミングッ」と叫んでいましたが、これは「大韓民国」のことで、「韓」が「ハン」と発音されていることが分かります。やはり漢字文化圏であったベトナムの最大の都市「Ho Chi Minh(ホー・チ・ミン)」の名は初代大統領の名前に因みますが、彼の名前を漢字で書くと「胡志明」。また同国の首都「Hanoi(ハノイ)」は、漢字で「河内」となります。その名の通り川のほとりに位置する同市ですが、この川の名前がまた「紅河(ホンハ)」。日本語ならば「こうが」と読んでしまうところですね。因みに「黄河」も中国語では「フアンハ」となります。
おまけ ― 大阪の「河内(かわち)」の他に、「高知」と「仙台」もハノイの"仲間"。鏡川と江ノ口川に囲まれた高知は「河中(こうち)」が「高智」を経て現在の表記となったもの、広瀬川流域の「仙台」は「川内」の音読みに別の字が当てられたものです(仙台に関しては他説もあります)。さらに言えばチグリス川とユーフラテス川の間に位置する古代文明発祥の地「Mesopotamia(メソポタミア)」も規模は違うものの同じ意味。「meso-」は音楽用語「mezzo forte(メゾ・フォルテ)」「mezzo soprano(メゾ・ソプラノ)」等の「mezzo〔伊〕(メゾ=中間)」、「potamia」は「hippo〔希〕(ヒッポ=馬)」+「potamus〔希〕(ポタムス=川)」=「hippopotamus(ヒポポタマス=河馬(カバ))」でもお馴染みですね。
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